神よ・・・さらば。
- 孝次郎 林
- 2016年5月17日
- 読了時間: 2分
今回の出雲の旅で新たな自分の動きがかたまってくる気配がする・・・・
出雲にしても伊勢にしても宇佐にしても最終的には利権者が作り出した教えである
それがわかった今はバランスを超え無次元をやっと理解できた。
どこからか誰かわからない通信で道は決まった。
神の道は教えはいらない
教えや作法を促すと教えとなり宗教となり、やがて教派となる
神は一つであり
他の神々は礼拝でよい
祈りは天の帝一つの神にするもので
自宅の宮で十分だ・・・・みんなもそうだ。
ただ、聖地として慎み敬うだけであり
それは、個人個人が好きな、癒される場所はどこでも聖地であり
一つの神は常にいつも自分の中に存在する。
これからもう祈りや業はしないだろう
ただ縁をうけ聖地にいったならば礼だけ慎み敬うだけだろう。
一つの神に対して一つの真っ白な心を日々もつだけだ。
地球の意識振動も高まるにつれ人の意識も高域になる
地震はその現われであり神も佛もなくなり
一つとして真実という真理一つに世の中がこれから何十年かかって変っていくかと思う。
ただ人々はまだまだ物質に心傾き利害を重んじる
善でさえも利害だ。愛でさえも。
そういうことを縁ある人だけ値する人だけに求められれば教えていこうと思う。
その道のほうが最も険しいと感じる。
やっと自分の居場所を見つけた感じがする。
ここまで30年かかった。
神よ、さらばである。