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詔(みのり・実り)

  • 執筆者の写真: 孝次郎 林
    孝次郎 林
  • 2016年4月18日
  • 読了時間: 1分

神代のことは人世(日本)に写しだされ世界に転写される。

一言に神代といっても別の世界ではなく、この人世の異なる世界であり

神も自然も肉体も統一体である。

火の神は業を煮やし自ら人々の心の中に御心として勇気と情熱に成り代わったと思えば少しはらくになれるかなと

思えてならない。

ただ何故、地震が起きたのかをミクロの段階から人々は考えなければいけないのではないか・・・

必ず法(みのり)があると思う。

詔(みことのり)・・・・

神の御心意を神々、人民に申し渡すもの

 天津祝詞の太祝詞の事を宣れ と繋がる。

太祝詞・・・・

上段、中段、下段と三つに分かれていて、一つずつ意味がある

上段は天之御中主の意思を書かれたもので意思を受け継ぐ正統なる皇命に対し

臣下がご説明申し上げる内容。

中段、下段は秘密。ブログで言う次元ではない。

どの段後も、ある言を申し上げる。

これが太祝詞。

事は先ほどの内容・・・・だから宣れとなり宣言となる。

太祝詞を神代文字で書いた

これは龍の背中に乗って神様に奉納される。

 
 
 
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