観る者語らず語る者観らず
- 孝次郎 林
- 2016年1月27日
- 読了時間: 2分

出来上がるまでかなり日がかかった
神を敬う祝詞
パワー最ありすぎて最初の一行で気力がなくなる
はがきは、ふりがなを書いたものです。

神代文字を書いたりしてると色んなインスピレーションが入ってくる
今夜のお話・・・・
苦諦と執着
文字は喋らない、昔からよく喋る人はきらいだった
今はどうでもいいが・・・その場から無視して逃げるだけだから。
さて本題
観る者語らず語る者観らず
文字はあるがままを教えている・・・美も茶も花もそうだと思う
文字は喋らないが神代文字を彫っていたら無言の言語だと内の声が聞こえてきそうだ。
釈迦や老子が教えた無言の教え・・・。
理論や理屈を超えていなければすべて識らず。
だから体験しかない
体験していくと人生、つまずきも経験する
失敗してそれから学ぶ
反省という自然な教え
その繰り返し
だから大祝詞には神に対して懺悔の句があるのかなどそう思う。
観る者語らず語る者観らずは、あるがままなのかもしれない
その先は無言の世界
最高の領域世界・・・観ることも語ることもできない世界。
あるがままの意識が無言の入口だと
神代文字は言語のへの成り立ちではなく神の意識そのものを
示している間違いない。
そう言うとまだまだ語る者だな。
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