今を生きる
- 孝次郎 林
- 2015年12月4日
- 読了時間: 2分

自然も人の心も複雑なようで実はシンプル。
いまの時間は11:58分
時期がくれば次の進化へと繋がる
先が不安だと嘆けば実がなってみないと分からない、味もわからない
自分は何をしたいのだろうか、何に向いてるのかも問うても
やってみないと分からない
なぜ、最初に浮かんだ思いを行動しないのか?
嫌なら嫌にならなくするにはどうしたらいいのだろうかの考えが起こらないのか
たくさんの解決策を出し切ってそれでもダメだと思えば、なぜあきらめないのだろう
やめた。めんどくさいと・・・
物質面に悩むなら価値とは何か疑問を持たないのだろうか
農家の人達は毎日、朝早くから作物の手入れをしに山に登る
夕方まで生育に必要な作業を施す
時期がくると実りがあり収穫となって喜びになる。その収穫はいったいどこにいくのだろうか・・・
人に行渡ります。でもその収穫を知らないと人は喜びにいきつかない
必要なのは発信。人は収穫を求める
求められた農家の人は喜びに変る。
ここで何が動いてきたか?
日々の努力(商品・労働)、日々の研磨、情報。この3つの価値が人にいく
最後には人が介在する。
金運とは結局、人が人に運ぶのです。お金そのものを追っても何も喜びがなければ寄ってはこない。
人は様々な問題に不安を抱く、将来、健康、地位、財産、名誉、恋愛、家庭、金運、数えたらキリがない。
欲しければそれなりの思いと行動だけなのに・・・・良き思いは良い結果に
先急ぎの欲思いは悪い結果に。これが運気というものです。
人は神仏、何がしかの運がめぐってくるのだと勘違いしている。
もちろん良き価値を見出した人には当然、神仏は動く。守護される。
今、12:22分です。さっきも今、いまも今。いまを生きなさい。